大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和52年(オ)1090号 判決 1978年6月15日

上告人

大東信販株式会社

右代表者

栗田利一

外三名

右四名訴訟代理人

三輸長生

被上告人

富久栄興業株式会社

右代表者

吉川光一

被上告人

江口正市

右両名訴訟代理人弁護士

小池金市

外二名

主文

原判決及び第一審判決中、上告人らの被上告人らに対する請求に関する部分を次のとおり変更する。

一  被上告人富久栄興業株式会社は、上告人らに対し、第一審判決末尾添付目録第二記載建物を収去して同目録第一記載の土地を明け渡し、かつ、金一万〇九二八円及び昭和四七年一二月二二日から右明渡ずみに至るまで一か月金四一二〇円の割合による金員を支払え。

二  被上告人江口正市は、上告人らに対し、前項記載の建物のうち原判決末尾添付別表の同被上告人名下に記載された部分(一階店舗番号一二号の店舗9.91平方メートル)から退去して同別表の同被上告人名下に記載された土地部分を明け渡せ。

三  上告人らの被上告人富久栄興業株式会社に対するその余の請求を棄却する。

訴訟の総費用は第一、二、三審を通じてこれを被上告人らの負担とする。

理由

上告代理人三輪長生の上告理由第一について

民法三九五条により抵当権者に対抗することができる土地の短期賃貸借の期間が抵当権実行による差押の効力を生じたのちに満了した場合には、賃借人は、借地法四条又は六条による期間の更新をもつて抵当権者に対抗することができないとともに(最高裁昭和三七年(オ)第二二二号同三八年八月二七日第三小法廷判決・民集一七巻六号八七一頁参照)、競落人に対し同法四条二項による地上建物等の買取請求をすることもまたできないと解するのが相当である。蓋し、抵当権者が更地を目的として抵当権の設定を受けた場合に、後日同地上に建築された地上建物につき土地の短期賃借権者が同条項による買取請求権を行使することができるとすると、地上に建物が建築されることにより土地の競落価格は低下を免れないが、抵当権設定に際して目的土地の上にどのような建物が建築されるかをあらかじめ想定することはことがらの性質上困難であるため、抵当権者は抵当権設定に際し目的土地の担保価値を適正に評価をすることができなくなり、ひいては取引の円滑な運用が阻害されることにもなること、さらに、競落価格の低下によつて抵当債権の完全な満足が得られなくなるような場合に、抵当権者に認められている民法三九五条但書による短期賃貸借の解除請求は、その訴訟による実現が必ずしも容易ではなく、実際上の機能を果たしているとはいいきれないことを考えあわせると、短期賃借権者の権利の保護は、同条本文によつて認められた期間内における土地の利用をもつて限度とし、それを超えて借地法四条二項による地上建物の買取請求権の行使にまで及ぼさないことが、抵当権と目的土地の利用権との適正な調和をはかることを目的とした民法三九五条の趣旨に合致するものと考えられるからである。

本件において、原審が適法に確定したところによれば、(1) 第一審判決末尾添付目録第一記載の土地(以下「本件土地」という。)は、もと訴外野村隆秋の所有するところであつたが、同人は、訴外勧業信用組合に対する債務の担保として本件土地に根抵当権を設定し、昭和四三年四月二五日その旨の登記を経由した、(2) 本件土地は、その後、野村隆秋から訴外毛塚誠治へ、次いで訴外秋元清八、同栗谷初子の両名へと順次譲渡され、昭和四三年一一月八日、野村隆秋から秋元清八、栗谷初子に対し中間省略の方法によつて所有権移転登記が経由された、(3) 秋元清八、栗谷初子は、昭和四三年一二月一四日、本件土地上に前記目録第二記載の軽量鉄骨コンクリートブロツク造鋼板葺三階建倉庫・事務所兼居宅(以下「本件建物」という。)を建築して、同月二〇日その保存登記を経由し、次いで被上告人富久栄興業株式会社(以下「被上告会社」という。)は、昭和四四年六月一九日、秋元清八、栗谷初子から本件建物を買い受けてその所有権取得登記を経由するとともに、敷地である本件土地を期間三年、賃料月額四一二〇円の約定で賃借した、(4) 勧業信用組合は、前記根抵当権に基づいて本件土地の競売を申し立て、右競売手続において上告人らは本件土地を競落して所有権を取得し、昭和四六年一〇月二二日その所有権取得登記を経由した、(5) 被上告人江口正市は、昭和四四年九月九日、被上告会社から本件建物のうち原判決末尾添付別表の被上告人江口正市名下に記載された部分(一階店舗番号一二号の店舗、以下「本件店舗」という。)を賃借してこれを占有している、(6) 被上告会社は、昭和四八年九月二八日延滞賃料として四万六七五二円を弁済供託した、というのであり、以上の事実関係のもとにおいては、秋元清八、栗谷初子と被上告会社との間の本件土地賃貸借契約は、昭和四七年六月一九日の経過にともない、期間の満了によつて消滅したといわなければならず、被上告会社が競落人である上告人らに対して借地法四条二項に基づき本件建物を買い取るべきことを請求することができないことは前記説示したところに照らして明らかであるから、上告人らの本訴請求は、被上告会社に対する金員支払請求中弁済供託によつて消滅した四万六七五二円に関する部分についてはこれを棄却すべきものであるが、被上告会社に対するその余の請求及び被上告人江口正市に対する請求はすべて理由があるといわなければならない。ところが、原審は、これと異なり、民法三九五条により抵当権者に対抗することができる土地の短期賃貸借の期間が抵当権実行による差押の効力を生じたのちに満了した場合において、賃借人は、借地法四条二項に基づき競落人に対して地上建物等の買取を請求することができるとの見地に立つて、被上告会社が上告人らに対し本件建物を買い取るべきことを請求したことにより、本件建物につき昭和四七年一二月二一日被上告会社と上告人らとの間に同日現在の時価をその代金額とする売買契約が成立したのと同一の法律関係が生じたとしたうえ、被上告会社に対しては、(一) 建物買取代金に本件建物のうち被上告会社が直接占有する部分の割合を乗じた一四九六万一四三〇円の支払を上告人らから受けるのと引換えに上告人らに対して右直接占有部分を引き渡しその敷地部分を明け渡すこと、(二) 建物買取代金に本件建物のうち被上告会社が被上告人江口正市に賃貸して間接占有する本件店舗部分の割合を乗じた三七万四四八〇円の支払を上告人らから受けるのと引換えに上告人らに対し右間接占有部分の被上告人江口正市に対する指図による占有移転をすること、(三) 上告人らに対し損害金残金一万〇九二八円及び昭和四四七年一二月二二日から右直接及び間接占有する本件建物部分の引渡ずみに至るまで一か月一七一〇円の割合による不当利得金の支払をすることを命じ、また、被上告人江口正市に対しては、(四) 被上告会社が上告人らから三七万四四八〇円の支払を受けるのと引換えに上告人らに対し本件店舗から退去してその敷地部分を明け渡すことを命ずる限度で、上告人らの本訴請求をそれぞれ認容したにとどまり、その余を棄却しているのであつて、原判決には、この点において法令の解釈適用を誤つた違法があるといわなければならず、右違法は、原判決中、上告人らの請求を前記弁済供託によつて消滅した四万六七五二円の金員支払請求以外についても棄却した部分の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、その余の論旨について判断するまでもなく、原判決は右の部分につき破棄を免れない。

そして、原審の確定した事実によれば、上告人らに対し、被上告会社は、本件建物を収去して本件土地を明け渡し、かつ、原審が認容した損害金残金一万〇九二八円のみならず、昭和四七年一二月二二日から右明渡ずみに至るまで一か月四一二〇円の割合による損害金を支払うべき義務があり、また、被上告人江口正市は、本件店舗から退去してその敷地部分を明け渡すべき義務があることは明らかであるから、原判決及び第一審判決を主文第一項の一ないし三のとおり変更すべきものである。

よつて、民訴法四〇八条一号、三九六条、三八六条、三八四条、九六条、九二条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(岸上康夫 岸盛一 団藤重光 藤崎萬里 本山亨)

上告代理人三輪長生の上告理由

第一 原判決には借地法第四条二項の解釈を誤つた違法がある。

一、原判決によれば、本件土地の賃貸借は昭和四七年六月一九日三年の期間満了によつて消滅したが、この場合被上告会社は借地権の更新はできないけれども、借地法第四条二項により本件建物の買取請求権を有する。

その理由とするところは、借地権が消滅した場合に地主に建物を買取らせることによつて、借地権者の投下資本の回収を容易ならしめると共に、建物自体の社会的経済的効用を全うせしめんとするにあり、そのことは借地権者が更新請求権を有する場合のみに限定すべきものではない。

更新請求権が認められないとしても、買取請求権だけは抵当権者に損害を及ぼさない限度において、それを肯定する特殊の場合もあり得る。従つて短期賃貸借において、更新請求権が認められないとしても、建物買取請求権を認めるのが相当である、しかるに上告人らのこの点に関する主張は、本件の短期賃貸借が上告人らに損害を与えることを前提としているけれども、本件に現れた全証拠を以つてしても肯認できないので失当たるを免れないというのである。

しかしながら上告人らは民法第三九五条の短期賃貸借には借地法第四条一項の更新請求権の規定は勿論のこと、同条二項の建物買取請求権の規定も適用すべきでないと主張するものである。

短期賃貸借の期間満了の場合に、更新請求を認めないのは(但し抵当権実行のための差押後)今日通説となつているが、建物の買取請求権に関しては賛否両論に分れている。

二、そこで短期賃貸借の期間満了の場合に、建物の買取請求を認むべきでないという理由を次に詳述する。

(1) 借地法第四条二項には、借地権者は地主に対し地上建物を時価を以つて買取るべきことを請求することを得とあるが、こゝにいう時価とは建物が現存するまゝの価格であつて、借地権の価格は加算されないが、建物の存在する場所的環境を参酌して算定すべきである、といわれている(昭和三四年(オ)第七三〇号同三五年一二月二〇日最高裁第三小法廷、最高民集一四巻一四号三一三〇頁)。

右の場所的環境の価格は大体借地権価格の二〇%程度を見込んでいるが、短期賃貸借の場合は期間五年であるから建物も新らしく、かつその種類構造の如何を問わないというのが原判決の見解であるから、建物の買取価格が借地権者の投下資本よりもどうしても高くなる。

本件の場合、原判決によれば被上告会社の本件建物の取得価格は金一、三三五万円であるが、上告人らの買取価格は金三六、九五九、〇〇〇円となつたので、被上告会社は投下資本を回収して差引金二三、六〇九、〇〇〇円の利得を得た勘定になつた。

しかも本件建物には第二の三に述べるように重大な欠陥があるので、上告人が本件建物を買取るとすれば大変な損害を蒙ることになつた。

(2) 次に土地に抵当権登記をした後に、地主がその土地に建物を建てゝも土地の使用権を抵当権者又は土地の競落人に対抗できないのは明白な事実である。そこで地主は建物を第三者に譲渡し、それと通謀して土地に短期賃借権を設定して土地使用権を取得する。その期間満了の場合更新請求はできないが、建物買取請求ができるとすれば、借地権者は建物を土地の競落人に買取らせて、本件と同じように投下資本を回収した上に不当の利得を得ることになりかねない。もしそうなればこの制度を悪用する者が続出しないという保証はない。

(3) 尤も原判決は短期賃貸借に建物買取請求権を認めるのは、借地権者に投下資本を回収させるということの外に、建物の社会的経済的利用のために必要であるからといつている。しかしながら、建物にそれ程の価値があるとすれば、地主としては買取請求権の行使を待たないで買取りに応ずる筈である。又社会的経済的にそれ程効用ないものでも、地主個人の都合で買取を希望するかも知れない。即ち買取るかどうかは借地権者対地主の関係であるから、建物買取請求権を認める理由を社会的経済的な効用に置くことが妥当であるかどうかは疑問である。

以上述べたように短期賃貸借は存続期間が僅か五年であるが、その間どんな種類の建物をたてようが自由である。しかも期間満了の場合に地主(土地の競落人)に建物買取請求権を行使できるとなつているが、かような制度を利用する者は真に長期に亘つて土地を利用する者ではなく、投下資本を速かに回収して利益を得ようとする者に限られるのは已む得ない。そうなると借地権者には好都合であるが、建物を買された地主は大変な損害を蒙ることなる。上告人らが短期賃貸借に借地法第四条二項を適用すべきでないと主張するのは、以上の理由によるものである。しかるに原判決がこれと異なる見解の下に上告人らの主張を排斥したのは、法の解釈を誤つたものであるから到底破毀を免れないものと考える。

<以下、省略>

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